Fw:「幸せの法則」〜許すということ〜高橋茉希( たかはしまき)

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『幸せの法則』〜許すということ〜◆相手の立場に立つ
◆未来を信じる
◆今を生きる
◆感謝する
◆手離す人は過去の様々な経験の辞書を活用して目の前に起こることを判断しています。
それは、当たり前のことだし必要なことでもありますからイイとか悪いとかではないのです。
ただ、私がそうだったように過去の栄光に縛られて「あの時は良かった」
過去の出来事を思い出して、ついさっき起きたことのように苦しむ悲しむ、後悔する、怒る。起きていない未来のことを、過去の経験に当てはめて必要以上に不安になる。「今を生きてない」そう気付きました。人生の時間は限られているのに、なんてもったいないことでしょう。時間は確実に流れていて、私の周りにいる人も環境も違う。
自分も成長しているはず、でも心だけ過去へ置き去りで動けない。
そんな時期もありました。いじめ・・・現在社会的にも騒がれていますね。
私の場合、盲腸で2週間ほど入院して新しいクラスへ登校したときに、
手術したことを、からかわれたんです。
それが、いじめの始まりでしたね。どんどんエスカレートして
靴や荷物を隠される(捨てられる)机の上にごみを撒かれる、物をぶつけられる、暴言を吐かれる、無視、蹴られる、空気銃で撃たれる・・・。クラスの中には小学生の時に仲の良かった友達、1年生の時の友達もいましたが
遠くから見ているだけでした。
理由は、私をかばった男子が一緒にいじめられるようになったからです。
先生は気づいていましたが、何もしてくれませんでした。はじめの頃は、誰も味方がいなかったので何度も消えてなくなってしまいたいって
思いましたね。でも、中2の後半になるころから少しずつ変化が起こり始めます。
中心になって暴力をふるう男子がいないときは、みんな普通に接してくれるようになってきました。徐々にそれは広がって中学3年生になった時には間接的に援護してくれる人たちも現れだしました。例えば、自宅で親御さんに私のことを相談してくれる子。
私にぶつけようとして投げたバレーボールの前にわざとよろけて出てきて
代わりに当たってくれる男子。
卒業の頃には一緒になって、いじめに加わっていた子まで
ボスがいないときには話しかけてくるようになりました。みんな怖かったんですよね。
先生もクラスの子たちもね。
「自分も、一緒にいじめられるかも知れない」
この恐怖に立ち向かう勇気は相当な勇気だとおもいます。こうなってから対処するのではなく
心を育んで、いじめにならない教育が必要だなって私は思います。茉希

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