長野小布施〜広島へ…カッパ放浪記 《運び屋かばちゃん》

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福島県安達太良インター(1)

【カッパ像の由来】

わもん発祥の地、信州小布施。
ここに2012年1月、一人の男が移り住んだ。

始まりは2011年9月、黒帯心徒塾帰りの大阪行き新快速。
「ちょっと話を聞いてもらえませんか。」
折からの資本主義経済への疑問。
東日本大震災を経て、それでも何事もなかったかのように回りつづける都心。
「一度この世界を離れたい。」
職場では責任のある立場。年齢的にもリーダー世代。
この気持ちは単なる自分のわがままなのか? どこまで本気なのか? 
やぶちゃんなら、自分の本当の希望を聞き出してくれるのではないか。
藁にもすがる思いで、面談の日程を相談しようと切り出した男に、やぶちゃんは一言、
「それなら今から聞きます。」
思いがけず、急遽満員の新快速車内で対話は始まった。

「自分はこの仕事に向いていないのかなぁ……」「会社が嫌になったのかなぁ……」
か細い声でおずおずと話す男。
「違う」「そこやない」「音が弱い」
よく通るやぶちゃんの声が車内に響くたび、座席に座った男の子が睨み上げる。
「人生の一大事をこんな場所で……」
周囲を気にしつつ、男が最後に吐き出すように口にした言葉は
「今、何もしたくないんです」。
すかさず
「それや! それが本音や!」
とやぶちゃん。

男は驚きながらも心の暗雲が晴れていくのを感じた。
会社に不満があるわけではない。
自分は会社から逃げるのではない。
ただ本当に納得できる生き方をするために、一歩を踏み出さなければならないと思っていただけだった。
その思いがこもった
「何もしたくない」
という一言を偽らざる本音と認められたとき、男の迷いは完全に消えた。
これが決定打となり、男の「辞職」への意志は固まった。

絶妙なる運命の糸。
週明け、会社からまさかの希望退職募集通知。
男は迷いなく手を挙げた。
会社都合につき手厚い補償待遇を得て、30年間勤め上げた企業を円満退社。

4カ月後、男は小布施の地にいた。
「何もしたくない」
その言葉どおり、当初1年間はほぼ何もせずに過ごした。
軒先の花を愛で、その蜜を集める虫たちに声をかけ、空を舞う小鳥たちを見上げる。
地域の祭りで楽器を鳴らす。
手ずから育てた瓢・で楽器をつくり奏でる。
生ごみを堆肥化し鋤き込んだ土でトマトを育てる。
そんな日々を過ごすうちに男の顔に変化が表れた。
能面のようなどこか虚ろな表情が、野性味を帯びてきた。
やりたいことをやりたいようにやる。
そう決めた男の、本音があらわになった顔だった。

なぜか男の立ち居振る舞いはカッパの風情を漂わせはじめた。
空想の産物であるカッパ。
それは江戸時代の小布施の豪農豪商、高井鴻山の画にも描かれている。
一方、男より十数年先んじ、縁に導かれて小布施に移り住んだ陶芸家がいる。
彼女は好んで妖怪をモチーフとした。
作品の中にカッパの姿がちらほらと見られた。
「心の奥底の声なき声に従い、何もしなかった男を顕彰したい。」
そんな声が挙がったとき、
男と陶芸家の邂逅があった。
男の内なるカッパを、陶芸家が表現した。
そしてカッパの陶像は誕生した。

「何もしない」を実践した男、おっくん。
ここにその生きざまを讃える。

ともに「わもん」を学ぶ方々へお勧めしたい。
一生のうち、少なくとも一度は小布施詣りを。

2015年7月19日 薮原秀樹

モデル:奥田亮
作陶:布施綾子氏

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